生命の音霊(おとだま)  尾崎元海

 花の木・椿
 椿は晩秋から惜春せきしゅんまでの長い期間、日本人には欠かせない貴い花である。一重に八重に、白に紅に斑入ふいりにと華やかに咲き誇る。冬を経て春の盛りの訪れとともに数多くの種類が花咲かす故、古来の日本人は春の木という字をあてたのだ。『古事記』や『日本書紀』にも記述があり、古くから重視されていた。種子からしぼった椿油は灯油用にした時代もあったが、今日でも頭髪用・食用・軟膏なんこうなどにも用いられている。
 そういう生活面とは別に、日本人の感性を高めるみょうなる働きが為されてきた。白椿から始まる椿の花は、桜吹雪の下に黒椿が顔を見せると、その役割を終える。椿の木の精霊は、強靭きょうじんなる生命力と、多種多様なる気品に満ちた美のひびきを放ち続けている霊木れいぼくである。色と香りと、それぞれの花が持ついのちのリズムを深く観じとってゆくならば、日本列島にしずまる神霊方に同化してゆくだろう。
(風韻誌2018年5月号)