守護の神霊による両親の選択 尾崎晃久

守護の神霊による両親の選択(2) 尾崎晃久

 守護の神霊が両親を選ぶ
 それで過去世、縁の深い両親のもとに生まれてくるわけですが、五井先生はご著書『本ものにせ物』で、守護の神霊が両親をお選びになるとお書き下さっています。
「生れ変りが決定した霊魂は、三年の間、生れ変りの諸準備をするための特別な階層に置かれるのです。
 その間に守護の神霊方の会議によって、その両親を選定するのであります。その霊魂の進化のために、どういう両親が必要かを、いと細かく調査研究し、こういいますと、人間の世界ではあるまいし、とわらう人もありましょうが、勿論方法は人間の世界とは全く違った方法ですが、神霊の世界でも調べたり研究したりすることはあるのです。」(104頁)
 白光の講師で、稀有けうな霊能力者だった村田正雄先生は、この特別な階層での両親の決定の様子を、実際に霊的にご覧になられて、よくご存じだったので詳しく解説されていました。
 村田先生が主催されていた「講師み教え研究会」の記録を読むと、霊界と現象世界の中間に、生命の誕生の準備の広い場があって、そこに立派な殿堂があり、その中で両親の決定がなされるそうです。その際、過去世において縁が深い幾つもの親候補が現れて、その両親のもとに生まれたら、こういう一生が現れてくるというのが、映画のパノラマのようにパーっと開けてくるのだと仰しゃっておられました。
 守護神様は、我が子の魂の進化を図るために、どの両親のもとに生まれさせるのが一番良いか、この両親ならこういう一生、この両親ならこうと、すべて見通して、幾つもの候補の中から、最終的に一組の両親をお選びになるそうです。守護神様が徹底して選ばれ、しかもその両親選びは、守護神様に差配さはいをなさる物凄い神様がいらっしゃり、多くの神々が取り囲む中行われるそうで、そこに間違いなどあろうはずがありません。肉体側は、浅はかな想いで親ガチャに失敗したなどと言いますが、守護神様から見れば失敗などありえません。
 その時の守護神様の心というのは、この世の親が子供を里子に出す時のようなものだと、村田先生は表現されていました。その霊魂の本当の親、魂の親は、守護霊様、守護神様です。我が子を、どの里親のもとに出すのが良いか、そこには守護神様の計り知れないご愛念があります。子供は天からの授かりものといいますが、子供の実の親である守護神様から、地上界にいる親が、里親として一時的に預からせて頂くわけです。
 五井先生は「一人の人間が、この地球界に生れてくるために、どうしても必要なのは、父と母であります。父母の無い子というものはどこにもありません。ですから、どんな家庭に誕生しようと、この世の生を受けた最大の恩人は、やはり父母である、ということになります。
 その一生の生活がいかに不幸に充ちていましょうとも、それはそれで、その人の過去世からの因縁ごとで、その子を生み育てた、父母の罪ではありません。父母は、この世における生命の親であって、その子の幸、不幸は、その子自体がもって生れた業因縁なのであります。たとえ、その両親がその子の不幸に拍車はくしゃをかけていたとしても、それは生命の親としての両親そのものではなくて、不幸な事態として、この世に現われて、過去世の因縁の消えてゆく姿としての、その子の運命を助長し、ひき出す一役を、その両親がかったに過ぎないのです」(『本ものにせもの』102頁)と説明して下さっています。
 私はこのような家庭に生まれたから、貧乏な生活を強いられ、苦労が多かったのだ、と思います。しかし、真理の観点から見ると、自分自身の中に、そのような貧乏をし、苦労する因縁があったわけで、仮に、別の親のもとに生まれたとしても、やはり、違った形で、自分が持っている業を果たすことになるのでしょう。
 裕福な家庭に生まれても、人間関係や、その他の問題で苦しむ人だっていますし、不幸に見舞われることもあるでしょう。結局、自分自身の中にあるものが、自分の境遇となって現れてくるわけです。(菩薩業として家系の業を背負って病気や貧乏になる場合でも、他の苦しみを背負ってでも人を救いたいと、その人自身が前世や霊界で強く思ったからです。)
 また、五井先生は「過去世の因縁からみて、親の立場になる人のほうが、子に借りのある状態の場合とその反対の場合があります。子に過去世の借りのある親を選んだほうが、親になった人が、その借りをかえさずにはいられないで子のために真剣につくしてくれるので、そういう親を選んだほうが、子になる霊魂のためになる筈なのですが、ただそういう安易な選び方を、守護神はしないのです」(『本ものにせもの』106頁)と明かして下さっています。
 前生で何かと良くして、面倒を見てあげた人のもとに生まれてきたら、親は、前の世の借りを返そうと思って、自分に懸命につくしてくれるに違いありません。ところが、その反対に、散々世話をかけた人を、親として守護神様が選ばれることもあるわけです。すると過去世とは反対に、今生では自分の方が親のために苦労をしなければいけなくなりますが、そのことによって、魂が磨かれ、成長していくことになります。
 「永遠の生命に照し、その人の進化のために、一番よい方法を、守護神は選ぶのです。ですから、表面に現われたその場その時の一駒一駒だけをみれば、神様何故こんなことをするのだろう、と不審に思うことが、信仰者の間にもありますが、神様ごとは、信にはじまって、信に終わる、といわれる程で、神の愛を信じきって生活してゆくことが信仰者の根本の生き方であるわけです」と先生は続けておられます。
 違う親のもとに生まれていたら、私はもっと幸せになれたに違いないと思うのは、神様の愛をはっきり知らないところから生じる想いなのでありましょう。
 村田先生は、「両親が決まった時、生まれてくる子供の地上での運命の八十パーセントはもう決まっています」と仰しゃっていました。これは、過去世の因縁によって、八十パーセントは、今生での運命は決まっているということでもあります。あとの二十パーセントは、今生でどういう生き方をするかです。
 八十パーセントは過去世の因縁によって、良くない運命が現れてくることが決まっていても、残りの二十パーセントで、世界平和の祈りを祈って、守護霊様守護神様に感謝していると、どんどん、神様の光が自分の中に入ってきて、過去世の因縁によって、いったん決まっていた悪い運命が修正されてゆきます。本来であれば、十年も二十年も困窮生活が続く所が、数年でその状態を抜け出せるとか、何歳で病気や事故で死ぬところが、ちょっと入院するだけで済むとか、良いように変わって、運命が明るく好転していきます。
 意志力が強くても、真理に素直であることが根底にないと、定まった運命のままに一生を終わってしまう、と五井先生は仰しゃっています。先生のみ教えを知らなくても、愛とまことの行いをして、善いことを徹底してやってゆけば、運命は変わってゆくようです。
 まず親ガチャに失敗したから、自分の人生は駄目だ、という想いを改めて、明るい前向きな気持ちにならないといけません。もっとも、今、そんなことを言っている若者も、十年後二十年後になって、いろんな人生経験を経てきたら、自分を懸命に育ててくれた親の恩もわかって、考え方が自然に変わっていることも多いだろうと思います。