守護の神霊に守り導かれて

守護の神霊に守り導かれて  武田充弘

 負傷を通じて、守護霊様・守護神様の導きの中にあることを実感した出来事がありました。
 五月二十日の朝、自宅側溝を点検していた折に誤って転倒、そこに突き出ていたコンクリートの角に口が衝突しました。唇が裂けて血が吹き出し、口を触ると前歯がグラグラ動きます。洗面器に血を受けてタオルを口に押し当て、家族が一一九番をしてくれ、口腔こうくう外科があって朝早い時間から対応してくれる歯科医院を紹介して頂き、私はタオルで口を押さえていますので、妻が車を運転して行きました。
 到着後、医師はすぐに処置を始め、まず唇の内外を縫合。砂などのゴミも入っていたそうです。レントゲンを撮ると、上の前歯四本が脱臼して陥入かんにゅう、内一本は完全に脱臼。陥入の折に歯根膜しこんまくを破壊し、歯を支えている歯槽骨しそうこつを骨折。先が折れた歯も一本ありました。
 歯の治療は、脱臼した歯の位置を戻してワイヤーで一本ずつ固定、組織や骨の再生を待つというものです。唇と合わせ、この日の治療に三時間近く掛かったと思います。ワイヤーを外すのは二ヵ月後、組織の損傷が大きい上、年齢も高いので、回復については何とも言えず、外した時に歯が動かず付いておればラッキーと思って下さい、とのことでした。医師は気さくな下町のおばさんという感じの人で、てきぱきと処置をしていく様子には、この人に治療を委ねて大丈夫と思わせるものがありました。
 治療の間、私は、守護霊様・守護神様が守り導いて下さっているのだから、結果どうあろうと必ず良きようになる、大宇宙を動かす大いなる叡智が自己となって生きている、と自分でも意外なくらい呑気に構えていました。しかしその一方、二日後に「日本国の平和と自然界の調和の祈り」の特別行事があり、私は「人間と真実の生き方」の奉唱担当でした。行事に出席できるのか、奉唱をどなたかに代わって頂かなくて良いのか、大事な行事を前に「何でまた、こんな時に、えらいなことをやってしもたんや」という思いもありました。
 その日の治療を終え、頑丈なワイヤーで歯が固定されたので、多少の不便や痛みはありましたが、話すことも食事もできました。翌日には口内の出血も止まり、マスクをしている為、人に気付かれることもなく、行事当日の「人間と真実の生き方」の奉唱を無事に行えました。
 その後も日常生活や仕事に支障を来すこと無く、二ヵ月後の七月二十一日、すべてのワイヤーを外し、無事に歯が付いていることを確認しました。歯がしっかり付くには、まだ年内一杯位の月日が掛かりますが、負傷当初のことを思うと、よく歯が戻ってくれたと思います。
 振り返ると、通常なら転倒する筈のない状況で転倒し、その負傷から回復、そのどれもが不思議で、最初から用意されていたようにさえ思えました。
 コンクリートの角への激突ですので、どこがぶつかっても無事では済みませんが、もし当たる位置が少しずれて、それがあごであれば顎を骨折、鼻であれば鼻を潰していたでしょう。顎の骨折が無いか、医師は注意して見ていました。顎を骨折すると即入院してボルトで固定、一ヶ月間は口を閉じたままで鼻から栄養を入れ、次の一ヶ月で口を開ける練習、ボルトが取れるのは半年後とのこと。もちろん、額にでも当たれば大変なことになっていた筈です。当たっても何とか現状復帰の可能な所は、顔の中で口だけでした。
 そして、治療のできる歯科医が車で十五分以内と近く、すぐに対応してくれたこと。医師の話では、負傷から時間が経つほど回復が難しくなるそうです。医師が経験豊かで、その後の経過を含め処置が適切だったことも助かりました。負傷も治療も、守護霊様・守護神様が全て分かった上で、段取りして下さったのだと思いました。
 二十六年前に薬害中毒で入院したとき、妻を通じて、元海先生から「気を長くするように」との言葉を頂いたことがありました。私がもし、それを多少でも真摯しんしに受け止めることができていたら、もっと落ち着いて動き、この負傷は無かったかもしれません。私の根深い癖と業を浄めて頂き、回復までの過程を通して気づきを与えて頂いたのが、今回の負傷だったと思います。そして守護霊様・守護神様は、このことだけでなく、日々一切の中にそのお働きで守り導いて下さっている。その思いを新たにしました。日々新しい命を頂き、守護霊様・守護神様と共にある、そのことに感謝して歩んでいきたいと思います。
(風韻誌2022年9月号)