人生の記 尾崎元海

 十月二十三日
 昨日の法話会で、誕生日のお祝いをしてもらった。八十歳の誕生日を迎えましたが、よくまあ、この年齢までこの世に置いてもらったものだと思っています。本当に人間の寿命というものは、肉体側には分からないものですね。若い時から心身に色々と難しい問題がありましたが、無事に今日まで生きさせて頂いていることは、実にありがたいかぎりです。
 誕生日のお祝いで、メンバーの人達に祝ってもらいましたが、心から私を思って下さる方々の愛念と真心の支えで、働かせて頂くことは幸せですよね。世界人類の平和のため、メンバーの人達の幸せのため、まずはこの世を全力で生ききっていきたいと思うばかりです。

 十一月十三日
 ここ最近の季節の変化は、昔の感覚から思えば、考えられないものですね。今年は暑い日が結構長く続き、秋らしくて気持ちがいいなという時期が極端に少なかったですよね。気象の専門家の中には、日本の四季は春と秋の様相が変わり、夏と冬の二季になっていくのではないかということが言われているようです。
 四季があるのは、私なんかには当然と思っていましたが、地球温暖化が進行する今は、二季ということになるやもという懸念けねんが生じてきます。私は日本の四季の美しさを愛するものです。それ故、自然界の神々様に地球世界の大調和と日本の自然界の調和を祈り続けています。メンバーの人達も共に祈り心を深めて頂きたいと願うばかりです。

 十一月二十六日
 今日は久し振りに、風韻誌用のお花活けのために、いつもより一時間半も早く会場に出掛けました。六つの花器に活けましたが、花に触れるということは心が清らかになりますから、ありがたく楽しい時間でした。最近は外国産の花も多くなりましたから、それだけを見ていると、世界の花々が一堂に集まる様子は、植物の世界では完全に世界平和なんだと実感しますね。
 皆さんも日頃から野の花でもいいので活けてみるといいと思いますよ。清らかな気持ちになりますし、心の中がスッキリしますよね。神様の光とエネルギーが体内に入ってきたわけです。これも宗教の世界の一つなんですね。
 神様は遠くにいるのではなく、日常生活のすぐそばにあって、人間に触れたいと思っているんです。花々は人間に美と光と愛のひびきを伝えたいんですよ。人間はその大切な機会を失っていることが多いんです。そういう何気ないことをしっかり見つめる習慣をつけなければいけませんね。

 十二月一日
 今年のミニカレンダーの十二月の書は「昇龍しょうりゅう」という文字です。龍が天に昇るということですが、自己が神のみ心の中に深く入っていくという意味ですね。この一年も十二月で終わりになりますが、果たして自分はどうだったでしょうか。自己の今の現状を冷静にかえりみることが大切で、そうなっていないところがあれば、それらを全て世界平和の祈りの中に、お返ししきってしまわなければいけません。正直に自己をごまかさないことが、魂の進化にとってとても重要なんですね。
 あせらずに一歩一歩進むことが大切ですが、ぼんやりしていてもいいということではありません。冷静な心で物事を見ることがしっかり習慣づけば、自分自身を冷静に見つめることができるはずです。来年をどう生きるかを考える上で、年末から年始にかけての生き方が本当に重大なことになります。気を引きしめて、今年を締めくくっていきましょう。

 十二月十日
 今年も二週間少しで終わりになるここ数日ですが、小春日和のあったかさが心と体をほっこりさせてくれます。ほっこりするというのは、ほんとにありがたいですよね。ギスギスしたこの世の動きが目の前をうろうろしますから、なおさら、ほっこり感を体験することが大事だと思いますね。
 心ひとつで、面白いこと、楽しいと感じることを見つけ出すことができると思うんです。そういうことを心掛けていると、生真面目きまじめさが無くなってきて、把われの少ない人になりますから、ぜひ実行して下さい。
(風韻誌2024年1月号)